日常生活では言葉にする機会を逃してしまうような夢や愚痴を吐き出すレクリエーション。 時に真面目に、時に愉快に、真摯に向き合います。どなたさまもふらりとお越しくださいませ。
開催レポート-のっぺらぼうの人形ときゅうりの浅漬け-

7月26日、この日のゲストは美術家の小林大賀さん。ゲストメニューは人形作り。
来店者は小林さんと一緒に人形を作り、演出家で店員の櫻井幸絵さんと、人形劇をする。
素材となる、まだのっぺらぼうの人形たちは、ちょっと頼りないのが絶妙にかわいい。目が釘付けになる。今日はこの子たちが、吐き出したい感情を肩代わりしてくれる。
事前の打ち合わせで、人形は大きく2つに分けて考えることになった。
ウォーリードール:悩み事、心配事などを込め、枕の下に入れるお守りのようなもの。中南米発祥。
アンガードール:怒り、悲しみを表した人形。自分の気持ちをストレートに出したい方向け。後日、責任を持って供養します。
そのほか、守ってくれる存在、頼れる存在、推しの人形、自分の人形など、なんでもご自由にどうぞ。ご希望に沿って、吐き出したいことを人形劇にすることもできます。

12時半、開店30分前。
「こんにちは!」
「13時開店だから少し待っていてください。」
吐き出し喫茶はいつも、開店少し前から始まる。
早めにやって来た彼は、YouTuberと建物の模型作りを活動としているらしい。気づくと、自作した模型の販売コーナーを作っていた。「幸福駅」が売れ筋とのこと。しれっと営業中なのがうまい。
赤ちゃん連れのママもご来店。知らない人に囲まれて、子供はびっくりするほど落ち着いている。
「家の中では目が話せないのですけれどね。」お母さんは、人形作りを始める。
「私が抱いておきますよ。」子供はいろんなお客さんの腕に抱かれていく。

「整体ワークショップをします。」と、声をかけた店員の藤原英大さんは整体師。吐き出し喫茶に通ううちに店員になってくれた一人だ。いつも大きな簡易ベッドを持って登場するのだが、大柄な体格とセットでみると、自然なサイズに見える。
どうして、1回数千円するような整体を、振る舞ってくれるのか。いつだか尋ねたら、「身体を整えるということが、多様な人に開かれていて欲しい」というようなことを言っていた。
整体ワークショップは、来店者同士のハンドマッサージから始まる。ワイワイ言いながら、手と場がほぐれていく。お客さんの中に、ソシオエステを勉強しているという方もいた。言葉は初めて聞いたのだけれど、触れることでケアされるものは、凝り以外にもきっとあるなぁと納得する。
「手当」という言葉が、手を当てることの効能に由来するくらいだから、触れることの力は強いのだと思う。
※ソシオエステティック:人道的・福祉的観点から精神的・肉体的・社会的な困難を抱えている人に対し、医療や福祉の知識に基づいて行う総合的なエステティック(日本エステティック協会HPより)


いつの間にか、人形が出来上がったようで、背後では打ち合わせが始まっている。
「脚本の印刷、お願いします」とお願いされた、店員の山際愛さんが飛び出していく。本日のメニューで作った人形を使って、人形劇メニュー、「電脳シェイクスピア」をするようだ。
電脳シェイクスピア:その場で聞き取ったお客さんの話を、ChatGPTがシェイクスピア風の戯曲にし、居合わせた人々で即興で演じる。この日は、制作した人形を使い、人形劇として上演した。
上演後、お客さんに感想を聞いてみると、似たような経験をしたとか、演劇自体が面白かったとか、いろんな声が返ってくる。それは、1人の物語が可視化され、共有され、対話が生まれるということ。きっと、昔々からたくさんの人が実践してきた、何気ないケアの形。
この日の戯曲は、全部で4作。それぞれの物語が集まった。
- 育児と仕事のはざまで揺れる母親の話「揺れる揺りかごの王国にて」
- 以前のように自分に自信を持って再び歩き出す勇気を求める物語「転びし者の記(しるし)」
- 老いていく母を見守る子の愛情と記憶「《もの言わぬ人形》― A Doll That Hears ―」
- あるYouTubeチャンネルができるまでの物語
お客さんの中にプロの俳優がいて、引っ張りだこ。BGMに悩んでいたら、音楽家もやってきて伴奏を付けてくれた。
1席500円の喫茶店にしては贅沢過ぎるかもしれないけれど、そういう経済の概念はここでは通用しないみたい。
中には演劇は観ないという人もいる。そういうこともあるか、と思う。
その方は、きゅうりと浅漬けの素を持ってきてくれた。「漬けて、みんなで食べよう」と。塩気が効いていて、美味しい。その方の知り合いがやってきて、さらにその友人がやってきて、初めましてをする。店員も側について、話を聞いたり、合いの手を入れたりする。
窓を開けて部屋の空気を入れ替えるように、いつもの人と一緒でも、周りの人や場所が違うと新鮮な空気になるのかもしれない。
16時、閉店1時間前に、ドリンクメニューの薬膳チャイがなくなった。暑いからか、飲み物のなくなるスピードが速い。一方では人形制作が、一方ではおしゃべりが盛り上がっていて、混沌としている。
狭くなってきて、新しい来店者には、他の方と同席をお願いする。店員を介して数回言葉をやり取りすると、なんだかあっという間に距離は縮まっている。

17時で閉店。手早く片づけをして、振り返りの時間。メニューによる効果について。人形の在り方について。お客さんの様子について。
居やすい空間をどんな風に作っていくか、今後に向けて反省点もある。次回に向けて、やり方はいつも流動的に変わっていく。
小林さんとは知り合って4年ほどになる。初めて会った時は、人の心理的な困難に対してできることをリサーチしていきたいと話していた。
その後、メキシコに行って帰ってきた彼はお土産話と共に、ピリリと辛いキャンディーをくれた。メキシコで制作した、ウイチョル族の巡礼を追った長編ドキュメンタリー作品「巡礼の季節ーヒクリ、8000と20年」は、彼自身のセルフケアでもあり、鑑賞する誰かへのケアでもあるようにみえた。それはこの日の人形劇にも通じているのかもしれない。
(文 戸島由浦)
